司会

この辺で、辞書を作った側として、どんな利用をしてほしいかというようなことを、少しお話しいただきたいと思いますが。

見坊

ある英語学者が、こういうことを言ってるんですよ。エンジェルというのは天使ですね。エンジェルということばを大学の教室で取り扱うんだったら、また文学作品にその単語が出てきてるとして、ざっとした訳を与えたら、その次には、まずエンジェルについて三十分か一時間講釈しなくちゃいけない。つまり、エンジェルということばは、元来語源が何語であって、それがいつごろイギリスに輸入されて、それから十世紀ごろの語形はこうであって、十一世紀には語形がこう変ってとかいうふうなことを長々と弁じて、それから意味の変遷についても、いちいち用例をあげながら学生を煙に巻かなくちゃ、大学におけるエンジェルの講義にはならない。おれはそれをやってるんだが、タネを明かすと、実はOEDのスペリングのところをずっとまずといて、それから語源というところをといて、意味を一番から二番、三番というふうに、順番に受け売りをしてるだけなんだけれども、それで優に三十分か一時間しゃべれる。といったことが、、今度の大辞典ではおそらくできるんじゃないかと。そんなふうに、非常に多方面にわたって、どんなふうにでも活用して煙に巻くことができる(笑)。

司会

まあ教場ばかりでなくて、日常生活のなかでも豊富な話題の種になりますね。

見坊

たとえばさっきの「すっぽ抜け」なんてことばが出たら、近ごろ野球で「すっぽ抜け」なんて使ってるけど、久保田万太郎だって使ってるからなあ、なんて、こういうことを言うと、ものすごく高尚になるわけですよ(笑)。

山田

学があるということね。

ひとつは、僕、さっきの標準性の問題なんだけれども、解釈そのものに標準性を持たせたかったですよね。それで、それはある程度、みんなで努力しましたよね。だから、神さまから見れば完全じゃないかもしれないけれども、意味の説明にしても、これはやはり、信用してもらえるものが多いと言えるんじゃないかと思うんです。

司会

用例から客観的に帰納するということもひとつなんですけれども、ほとんど三分の一にあたるくらいを、各分野の専門家の方に目を通していただくという努力をしておりますから、現在の学界のレベルを、だいたい吸収できたんじゃないかというふうに思ってます。

松井

僕が感じるのは、普通の辞書というのは、表記を見たり意味を見たりということで終りになるのが多いわけですね。それ以外の利用があまりできないのが、従来の辞書だったわけです。今度のは、できるだけ用例を見て、それからそのあとに、いろいろ付属しているものがいっぱいあるわけね。そういうものをチラチラながめるということが、非常にいいんじゃないかという気がするんです。そういうところまで見て、それでいろいろ評価してもらうということが、非常に望みたいことなわけです。

初版を編集した「日本大辞典刊行会」スタッフ
山田

それは非常な特色ですよね。記述が詳しいということね。芥川龍之介が、辞書を見るのが楽しみだとかなんとか言ったでしょう。そういう材料を、ズラッと並べてくれてるのが特色じゃないですか。ああ、こういう言い方があるんかな、というような表現もある。あれ、はじめてのものもあるんですよ。

見坊

一言で読者に要求するとすれば、最初の漢字の表記の部分とか意味の一番目の部分で満足するんじゃなくて、最後まで読んでいただきたい。そうして、一〇〇%そこに書いてある情報を活用していただきたい。それだけのことができるように、ちゃんと作ってあります、ということだと思います。

司会

引くだけでなく、読んでいただく辞書……

今度の字引は、やはり一般の注意をひいて、大きい字引があるということを、みんな知りますよね。あれ、楽しみ読みでもなんでもいいから引いてもらうと、あすこにああいうふうに詳しく書いてあると、僕はいいかげんなことを言う素人がいなくなるだろうと思うんです。


座談会トップに戻る
8/9
ホームページ | 購入の申し込み・資料請求はこちらから
(C) 2001−2007 Shogakukan Inc. All rights reserved.
No reproduction or republication without written permission.
掲載の記事・写真・イラスト等のすべてのコンテンツの無断複写・転載を禁じます。