| 司会 |
出版社として、こういう大きい辞書を出すというのは、それなりに名誉なことだと思うのですけれども、最初企画が出たときに、小学館の相賀社長は、背筋がゾーッとしたというふうにおっしゃっています。出版人として過去のいろいろな失敗のケースもご存じだし、完成までのさまざまな困難を考えた上での決断はたいへんなことだったと思います。現に、だんだん、先生方に参画していただいて、企画の内容も規模も広がって、振返ってみますと、八十年計画なんて時代がありましたね、計算してみましたら。それじゃコンピュータを入れたらどうかというようなことで、かなり研究したこともありましたが、まだまだ実用的には無理でした。けっきょくはカード処理ということで、データの処理としては、従来のやり方ですね。そういうことに落着いたわけですけれども、その八十年計画が、山田先生のお話の人的な資源といいますか、大勢の協力者の動員と文献の開発というようなものが相まって、なんとか二十年計画ぐらいになるというようなことで、だんだん頑張ってきた。そのうちに松井先生が、職をなげうって加わってくださるとか、あるいは国語辞典に非常に興味を持っていて、自分も語彙カードを持っている、こういう辞書なら加わってみようというような方も出てきまして、そういう方々の参画を得て、どうにかここで一巻目を出すことができるようになったんだと思います。
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| 初版編集部の、小学館ビルから飯田橋の日本大辞典刊行会ビルえの引越し。資料の数は、小型コンテナ1300個分を数えた。 |
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| 見坊 |
着手してから、何年かかってますか。
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| 司会 |
本格的に動き出したのは昭和三十五、六年からです。
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| 見坊 |
十余年ですね。非常に早いですね。
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| 林 |
駈足です。
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| 見坊 |
早いだけに、少しは漏れがあったかもしれないけれども、しかし事業というのは実現することがいちばん大事ですよね。長くかかればいいというものじゃ、必ずしもないと思うのですよ。共同でやると、まずなかなかできないというのが常識なのに、今回はそれができた……。
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| 司会 |
上代中古とか、中世とか、近世とか大きく時代別に分けて、それぞれの分野の専門の勉強をなさってる方に加わっていただいて、それで語彙・用例を拾ったわけですから、かなりの程度のカードは収集できたんじゃないかというふうに思うのです。振返ってみますと、その時代別の部会がどんどん発展しまして、漢籍の部会であるとか、有職部会、記録部会、あるいは文法部会というように、十以上の部会ができまして、それぞれ二十人から三十人の方に加わっていただきましたので、おそらくこの用例を集める過程で、実際に判断をしながら、例をとるという作業に携ってくださった方が、だいたい三百人はいらっしゃるわけです。それぞれお一人ずつ、助手を抱えてくださって、テキストに印したのを短冊形のカードにするという作業をしたわけですね。これが、だいたい八年ぐらいかかっております。今度の辞書の中心になる、言ってみればいちばんの財産なわけです。
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| 山田 |
明治から大正の大きい辞書というのは、大日本国語辞典は、松井簡治先生の独自の識見といいますか、言海は大槻文彦先生というような、非常に個人の特色のある辞書ですよね。それは非常にいいことですが、限界があるので大辞典となると、人がたくさん参加しなくちゃできない、見坊さんがおっしゃったように。
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