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それがまた、用例がたくさん載ってましてね。まず「今昔」がいちばん古いんです。「今昔」の次に、三巻本の「色葉字類抄」ね、それから「実隆公記」、易林本の節用集の御伽草子の「二十四孝」といった調子で、だから注意深い古典の読者にとっては、「ぐきゅう」ということばをどこかで見てるはずなんだけれども、たまたま大日本国語辞典とかそういうふうな偉い人の目を漏れたばっかりに、今回この辞書が、はじめてこれを知らせてくれるまでは、だれも気がつかなかった。しかもそれが、ひとつの古典じゃなくて、五つも六つもの重要な古典から、そういう用例がはっきりと示されている。こういうところに、先ほど私がちょっと言った科学的な方針といいますか、そういったものの一端があらわれていると思うわけです。そういうことが、非常にたくさんの人を動員してやったために、いままでもほんとうはここまでいっていなくちゃいけなかったんだけれども、それが実際問題としてやれなかったというところを、現実の問題としてはっきりと道を開いて、成果を一般の読者に示してくれたわけです。
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| 初版編集部にて |
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それから、現代語で言いますと、新聞の野球の記事を見ると、よく「球がすっぽ抜けた」なんてことを言ってますが、実はこの「すっぽ抜ける」ということばは、私自身のことばにないので、ぜんぜん知らなかったんです。野球の記事ではじめて覚えましてね、スポーツ用語には関西弁が多いから、関西のことばかなと漠然と思ってたんですが、これが久保田万太郎さんの「花冷え」という作品に、用例があがってるんです。「また幾らかせしめたと思って、いつもの伝にすっぽ抜けちゃだめだぜ」これは、よく読んでみると、野球のすっぽ抜けるとちょっと違うんですね。なにか、その席を抜けて、どこかへいってしまうようなことをしちゃいけない、というふうな意味らしいんですが、こういうのも私には、現代語からの用例という意味で、たいへん興味をひかれます。
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