松井

いまお二人がおっしゃったようなことに、今度の辞書は一歩でも近づこうということでやったわけです。ところが、やってみて感じることは、まずひとつには、最初に徹底的に用例を採集しようという話は、まあコンピュータを使って、全文献からパッと洗えればいいけれども、そこまではいかなかったわけでしょう。そうするとどうしても、拾ってくれる人の判断にまかせる部分が出てきて、その人が必要というか、とりたいということばを拾いあげるということになっちゃったわけですね。それによって作ったものというのは、それでしょうがないものなのかということと、それからフランスなんかでダーッとやったという場合に、膨大な材料が出てきちゃうわけね。その膨大な材料というのを、いったいどう処理したらいいか。だから今度の場合に、もっとものすごくたくさんの人を動員して、カードを作ったとしますね。そうしたら、今度原稿を作る人は、そのなかから選んで、それで意味やなんかの分類をきちんとして、用例を拾っていかなければならないわけね。それがはたして、あるひとつの項目を一人に頼んだときにできるものなのかという疑問を、今度の辞書を通じてずいぶん感じたんです。

見坊

今回の辞書がどうして出なくちゃいけなかったかということの必然性、あるいは必要性ということを、過去の辞典のあり方に即して考えますと、ご承知のとおり、大日本国語辞典とか、大言海とか、あるいは平凡社の大辞典とか、いろいろあったわけですよ。それぞれ権威があって、長く通用していたんだけれども、しかし、非常に編集が古いので、それ以後の新しいことばの状況がまったく反映されていないということが、ひとつ根本的にあったと思うのですけれども、それ以外に、方法論として、あすこに出ているような用例とか説明とかそういうものだけで、はたしていいんだろうかという基本的な問題が、ずっとあったと思うのですよ。だけど実際に、非常に編集に手間がかかるから、必要性は感じていたけれども、だれもやれなかったわけです。それを今回、人をたくさん動員して組織的にやればできるんだろうと、こういう見通しを立てて踏切ったところに、非常に大きな意味があると思うのですよね。そこでもって、用例もたくさん集めることができたし、したがって、いままでのどんな辞書にも出ていないような新しい見出しも、うんとふえた。それから意味に関しても、いままでのどんな辞書も知らなかった意味がたくさん追加になってるわけですよ。

それで、私が原稿を見ながら気がついたことを、一、二申し上げますと、需要、供給の供給ということばが出てるんですが、これの古い形が出てるんですよ。「ぐきゅう」と読ませるというんですね。

なんにですか。

見坊

それがまた、用例がたくさん載ってましてね。まず「今昔」がいちばん古いんです。「今昔」の次に、三巻本の「色葉字類抄」ね、それから「実隆公記」、易林本の節用集の御伽草子の「二十四孝」といった調子で、だから注意深い古典の読者にとっては、「ぐきゅう」ということばをどこかで見てるはずなんだけれども、たまたま大日本国語辞典とかそういうふうな偉い人の目を漏れたばっかりに、今回この辞書が、はじめてこれを知らせてくれるまでは、だれも気がつかなかった。しかもそれが、ひとつの古典じゃなくて、五つも六つもの重要な古典から、そういう用例がはっきりと示されている。こういうところに、先ほど私がちょっと言った科学的な方針といいますか、そういったものの一端があらわれていると思うわけです。そういうことが、非常にたくさんの人を動員してやったために、いままでもほんとうはここまでいっていなくちゃいけなかったんだけれども、それが実際問題としてやれなかったというところを、現実の問題としてはっきりと道を開いて、成果を一般の読者に示してくれたわけです。

初版編集部にて

それから、現代語で言いますと、新聞の野球の記事を見ると、よく「球がすっぽ抜けた」なんてことを言ってますが、実はこの「すっぽ抜ける」ということばは、私自身のことばにないので、ぜんぜん知らなかったんです。野球の記事ではじめて覚えましてね、スポーツ用語には関西弁が多いから、関西のことばかなと漠然と思ってたんですが、これが久保田万太郎さんの「花冷え」という作品に、用例があがってるんです。「また幾らかせしめたと思って、いつもの伝にすっぽ抜けちゃだめだぜ」これは、よく読んでみると、野球のすっぽ抜けるとちょっと違うんですね。なにか、その席を抜けて、どこかへいってしまうようなことをしちゃいけない、というふうな意味らしいんですが、こういうのも私には、現代語からの用例という意味で、たいへん興味をひかれます。

山田

今度の大辞典が生まれなくちゃいけないというのは、いままでの辞典では不十分だというのを、皆さん認識しておられるわけですよね。ちょうど私が学生を終ったころかな、新村出先生が信濃教育会というところで、「日本辞書の現実と理想」という講演をなさったんだそうですよ。それが昭和八年でしたか。先ほど見坊さんのおっしゃったイギリスのNED(オックスフォード大辞典)のことが、世界の辞書のいちばん模範的なものだということで紹介されて、ウェブスターの話も出てましてね。残念ながら日本の辞書は、まだそこまでいってない。あれに匹敵するものができるのは、五十年先くらいになりましょう、というようなことを言っておられるんですよ。ちょうど勘定してみると、五十年じゃないけれども、十年早く、四十年ですよね。そうでしょう、いま四十七年だから。

司会

機が熟してたというわけですか……

山田

いわゆる日中国交と同じでね(笑)、機が熟してたと思うんですよ。それと、戦後ずいぶん、国語学が進歩したでしょう。それから新しい資料が発見された。そういういろんな条件がそろって、われわれの知らなかった資料なんて、どんどん複製されますしね。それともうひとつ、新制大学といいますか、大学がたくさんできちゃって、国語学専攻の人が、昔に比べてずっと多くなってるんですよ。今度の語彙採集に、そういう国語学を専攻した人が大勢おったけれども、昔はあれだけの人数は動員できなかったと思います。東大なんて、一人か二人しかいなかったんですね、国語のほうで。だから、そういう条件が熟しつつあったところへ、小学館で大がかりにやられたんで、今度の字引ができた。


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