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「その石は世界ほど小さくて、孤独と同じほど大きかった」とその詩に書いたのはアメリカの詩人カミングスだが、石がある種のミクロコスモスを象徴するものとされてきたのは、その堅牢さや不変性によるところが大きいだろう。この世は、死や衰退、さまざまな変化に常にさらされている。にもかかわらず、いつまでもどっしりと硬い石は永遠性そのもののように人々の目に映り、信仰の対象にもなってきた。また最初の人間は石から生れたとする神話も多い。孫悟空も石から生れた。
一方、木石といえば人間らしい感情を解さないものの喩えだし、石のように冷たい、石のように押し黙る、石のように無表情と言ったりもする。確かに硬く冷たい石は、厳しく生命を拒否しているかのようだ。しかしそれ故にかえって、無表情で無言の石は動植物以上に自然の力を強く感じさせるのである。この辺の扱いの難しさが、これだけ身近なものでありながら、石の季語がつくられなかった理由だろう。ちなみに万葉仮名で、石を「以之〈いし〉」と表記した例がある。漢文読みすれば「之を以って」である。表意意識が働いてこの字が選ばれたとすれば、万葉人にとって石とは「之を以って」としか言いようのない何ものかであったということである。
金剛の露ひとつぶや石の上 川端茅舎
名句中の名句で、教科書にもよく登場するが、この句の新鮮さは依然、色あせない。金剛ははなはだ硬いもの、あるいはダイヤモンド(金剛石)を意味し、対照的に露ははかないものの代表格で、人生を露のはかなさに喩えて「露の世」「露の身」などと言ったりする。つまり石の上の、やがて消えてしまうはずのはかなさの極である露をじっと見つめていると、堅固さの極である金剛に見えてくるというのである。そこには作者の内的世界の啓示といったものがある。それを可能にしたのが「石の上」である。
石二つ相よる如し秋のくれ 原石鼎
西欧では大理石や瑪瑙〈めのう〉の表面に、ある風景や廃墟、宗教的イメージや神話的主題を見ようとする石の趣味が古くからある。レオナルド・ダ・ヴィンチが石の表面にいろんなものをイメージし、音や言葉まで聞き分けられるようになれと弟子に教えたことはよく知られている。日本ではこちらの方の趣味はあまり発達しなかったが、石全体を何かに見立てて楽しむ趣味が発達した。うら寂しい秋の暮、人恋しい気持をもてあましている作者には、なんていうことなく転がっている二つの石さえ、寄りそっているように見えるのである。
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石の家ぼろんごつんと冬がきて 高屋窓秋
この二つの擬声音は敗戦の冬が二段階で押し寄せて来ているところだといったのは神田秀夫、「敗戦直後の沈鬱な滅びのうた」というのは三橋敏雄。この句が収録された『石の門』では、この句の前に「木の家のさて木枯らしを聞きませう」が置かれている。「木の家」では「さて」の効果で、「木の家」は宙吊りにされ、まるでおもちゃの家で木枯しとたわむれているような長閑さだが、「石の家」となると、その長閑さは払拭されてしまう。
あまりにも石白ければ石を切る 渡邊白泉
石の白いことが石切りという過酷な労働の動機であるはずはない。この句の「ば」は、高屋窓秋の「ちるさくら海あをければ海へちる」の「ば」同様に、詩的にしか実現しない世界を出現させようとしているのである。それは同時に、季語に縛られてきた従来の俳句の世界を抜け出ようというエネルギーの現れでもあった。
石だけは喰えぬ石切山ま冬 小田保
これも石切りだが、白泉の句とはまったく対照的に、過酷な現実を生々しく伝えようとしている。それは3年間のシベリアでの捕虜生活で味わわされた極寒下での飢餓体験である。飢えを耐えるものの叫びがそのまま俳句になったようだ。
野の石やあらゆる形の椅子を経て 永田耕衣
石でできたベンチではない。どう見てもただの野面の石だが、実はかつて椅子であり、それがいろいろと形を変えてきて、今日に至っているのだという。意表をつく発想だが、野道などで、よほど坐りごこちのいい石に出会った体験でもあるのだろう。
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