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俳句に登場する火としては、「迎え火」「門火」「流灯」「火祭」「年の火」といった民俗的な行事に関したもの、
「花火」「蛍火」「狐火」など、それに冬の季語である「火事」や「火の番」というのもあって、簡単には整理できない。
なにしろ火の獲得は、人類が人類としての歩みを始めるきっかけともなった重要なものだから、その存在は人間の生活、さらには心理の種々相にわたるからである。
高柳重信の「火を盗みきて/父は刑死/火を姙りし/母は身を焚き」という多行俳句作品は、火の原初性を直接的に描き出している。
ギリシャのプロメテウス神話や日本の火の神カグツチの神の話に描かれる火の凶暴性は、原初の火というものの両面性を物語っている。
人間に火を与えたためにプロメテウスはゼウスに罰せられ、カグツチの神はその誕生にあたって、母神を焼き殺すのである。
火は人間の生活に有用不可欠なものであると同時に、それを無に帰す火災をも起こすのである。
そういった火の原初性は現代の俳句にどのように現れているだろうか。
石の上に 秋の鬼ゐて火を焚けり 富澤赤黄男
発表されたのは戦後だが、つくられたのは昭和16年9月。その時代背景が重要である。この年の末に日本は太平洋戦争に突入し、やがて全国の主要都市は焦土と化すのである。その戦火に焼き払われた廃墟の風景に、この孤影の深い鬼はいかにもふさわしい。この鬼は赤黄男自身を仮託したものとも考えられるが、いずれにしても予見性に満ち満ちた句である。
赤き火事哄笑せしが今日黒し 西東三鬼
昨夜、哄笑するように真っ赤な舌のような炎を吹き上げていた火事が、今日、行ってみるとただの黒々とした焼け跡だったという句意。そのなんだかはぐらかされたようなしらけた気分を詠っているのだが、小林恭二がいっているように、「哄笑」の主体は火事ではなく、三鬼本人と解することもできそうだ。そのほうが三鬼らしいというのはわかるが、しかしこれは、やはり火事そのものが哄笑していると理解すべきだろう。
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炭火の世美しくまた寒かりし 瀧春一
暖をとる手段が炭が主体だった時代を回顧しているのである。炭火はまことに美しく、安堵感を与えるような暖かさをもたらしてくれた。その時代の記憶も炭火のような美しさをまとって思い出される。しかし炭火にあたっている側にひきかえ、背中や家の中は寒かったように、昔だからといっていいことばかりだったわけではない。寒々とした側面だって思い出される。「また寒かりし」という端的な物言いに込められているものは案外に重いのである。
寒暁を起きて一家の火をつくる 阿部完市
スイッチ一つで火のつく現代では実感は薄れたが、竈〈かまど〉などの火を起こすことは日々の暮らしに欠かせない営みだった。その担い手の多くは家族でいちばん早く床を出る母親であった。この母親によってつくられた火は、生活に直結する重要なものであるとともに、生活そのものを象徴するもので、「火の消えたような」といえば生活の賑わいを失ったような寂しい様子をいう。フランス語のfoyerは炉、暖炉、竈、あるいは家、家族、家庭、さらには中心、焦点、温床などと訳される語だが、火というものが一家の中心にあったことは洋を問わないようだ。
山眠り火種のごとく妻が居り 村越化石
作者はハンセン病で全盲になった人。見えぬ妻は彼にとって、暖かくて頼りがいのある火種のような存在なのである。あるいはいつ燃え上がるかもしれない恐い存在だったかもしれない。三橋敏雄の「朝ぐもり昔は家に火種ひとつ」という句が思い出される。
一人は火/二人は炎/その余は/淡し 折笠美秋
字形が発想のもとにあるのは一目、明瞭だが、純度の高い硬質な抒情性が貫かれ、比類なく美しい俳句世界を実現している。作者は筋萎縮症で7年間の闘病生活の末、55歳で亡くなった。不治の病と妻とともに戦い、最後まで俳句に執念を燃やす様はテレビドラマ化もされた。

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