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土地、地面に関した季語としては四季を冠したそれぞれの「野」や「野原」、「末黒野〈すぐろの〉」「焼野」「枯野」といった野の
様態をいったもの、それから田んぼである。稲作は日本の農耕の根幹であり、日本人のキャラクターをつくってきた重要な要素であるから、四季にわた
る田んぼを「春田」「水田」「青田」「旱田」「稲田」「刈田」とさまざまに細かく言い表してきた。日本人にとって「地」はまずなんといっても恵み
をもたらすものとしてあった。「野」であっても、大地を駆けめぐった狩猟採集時代を思えば、やはりそれは恵みをもたらすものであった。しかし農耕
という生産手段に基づいた定住社会の始まりは、一方で環境破壊の開始でもあり、また土地の占有をめぐっての醜い抗争の開始でもあった。つまりは生
産と破壊というあい矛盾する営みを大地に記してきたのが、地上生活者であらざるを得ない人間の歴史であったといえるのである。そのような「地」に
おける人間の営みは、さまざまな複雑な思いを人間に抱かせてきた。その一端を「地」を詠んだ俳句でみていきたい。
蟋蟀〈こおろぎ〉が深き地中を覗き込む 山口誓子
超ズームのカメラレンズで見た時のようなこの不安感。読者は蟋蟀といっしょに「深き地中」を覗き込まざるを得ない。そこには底の知れない黒々とした
深淵があるばかり。ミニマムの蟋蟀とマクシマムの大地の対比が効果をあげるが、われわれ読者は明らかに蟋蟀の側にいる。大地に較べれば、蟋蟀も人間
も大差はないのである。そのことがまた言いようのない不安を増す。
瑰(はまなす)や人地にありて地を惜しむ 中村草田男
上掲句は昭和58年7月の作で、死の1ヶ月前の病床でつくられた。 瑰(はまなす)といえば昭和8年の「 瑰(はまなす)や今も沖には未来あり」が
彼の代表句の一つとして名高いが、こちらは陸の方で、したがって自作への挨拶句という意味合いが強い。死の床にあって、自らを含めた人の生命を惜し
んでいるのである。草田男らしい向日性の溢れた作品である。
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父祖の地に杭うちこまる脳天より 栗林一石路
「砂川町強制測量」と前書があるから、昭和30年に始まった立川基地拡張に反対する砂川闘争が背景にあることがわかる。父祖の地であろうがなんであろうが、
国家はその都合によって、容赦なく杭を打ち込んでいくのである。それへの怒りが「脳天」に激しく込められる。
明日ありや水着のしずく地を濡らす 鈴木六林男
屈託なく青春を謳歌している若者たち。その水着から雫が滴り落ちている。黒々と濡れていく地面。それを見て突然、明日への不安が作者の内に兆したのである。
黒く濡れていく地面が、生と裏表の死の暗い影のように作者の目に映ったのかもしれない。
石段のはじめは地べた秋祭 三橋敏雄
「何もなき地べたにぢかに蝿とまる」という句も作者はつくっているが、上掲句もこの句同様に、言われてみて初めて気づかされるような事実を述べている。
その事実は当然といえば当然のことなのだが、だからといって作者のまなざしは平凡ではない。自らが立つ地べたに注がれるこの凝集された視線には、並の俳
人の及ばない非凡なものを感じる。
シーソーの尻がうつ地の薄暑かな 波多野爽波
ぎったんばっこんで地面をうつたびに、そこはかとなく薄暑を感じるというのである。意表をついた取り合せだが、このように言われるとなるほどと思わせる
絶妙の取り合せ。夏へ向かう時候の少し浮ついた感じがシーソーに見合っていて、よく出ている。

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