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衣食住というぐらいで、衣服は人間の生存に欠かせないものの一つで、寒気から身を守るという物理的な必要性ばかりでなく、装飾という文化的な面においても、人間の生活に欠くべからざるものである。今日のように暖房が普及してしまうと、寒気を防ぐといった実用面での意味が薄れがちだが、時代を遡るほど衣服は実用面で意識されるものだった。たとえば十二単〈じゅうにひとえ〉という重ね着の過剰装飾の衣服は、平安末期の寒冷化の気候が影響しているといわれている。藤原道長の「御堂関白日記」によると、当時の死亡原因の半分以上は結核で、その原因は寒冷による風邪だと考えられている。道長自身、始終、風邪をひいていたらしい。同時に感覚的、文化的な側面も強く意識されるようになり、衣服はその両面から人間生活に密着してきたのである。
湿度が高く、季節による寒暖差の大きい日本の気候では、衣服による体温調節の重要性は、家屋のそれを上まわり、したがって季節に応じて衣服を替えた。これが「衣更〈ころもがえ〉」で、単独でいう場合は陰暦4月1日に冬着を夏着に替えることをいい、陰暦10月1日の夏着を冬着に替えることは「後の衣更」といった。季節によって衣服を替えることによって、季節に対する繊細な感覚もまた養われていったのである。
羅〈うすもの〉をゆるやかに着て崩れざる 松本たかし
羅は絽〈ろ〉、紗〈しゃ〉、明石、上布などの薄絹地で仕立てた単〈ひとえ〉で、透き通っていて、見るからに涼しそうな夏の代表的な着物。それを見事に着こなし着崩れていないというのだから、普段から着物を着慣れている人に違いない。この人物を女性とする解釈が多いが、「うすもの」や「崩れざる」といった言葉にひかれた男の希望的解釈では。女性に限定することはないし、かえって男性と考えた方がその色気も引き立つというものではないだろうか。また「ゆるやかに着て崩れざる」は、芸というものがゆきつく究極の境地ともいえる。
枯園に向ひて硬きカラア嵌〈は〉む 山口誓子
衣服は肉体に最も近くある、というよりその延長といってもよいところがあるから、自らの気分や情緒と切り離して見つめることがなかなか難しい。それを対象にするとどうしてもウェットになりがちなのだ。なのにこの句のもつ硬質さ、そして空虚感はちょっと類をみない。そこには昭和12年というこの句が発表された時代が濃く影を落としているように思う。日中戦争が激しさを増し、右傾化に歯止めのかからない社会にあって、それへの批判を秘めた新興俳句運動が姿を現しつつあった当時、この運動に強い影響力をもっていた誓子の苦悩は深かった。それへのシンパシイをもちながら、なおかつ伝統の側につこうとするせめぎあいが、この空虚感を生んでいるのではないだろうか。

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袷〈あわせ〉着ててんてんうごく女房かな 森川暁水
袷というのは単(単衣)に対しての言葉で、裏地のついた着物のこと。冬になるとその間に綿を入れ、初夏の衣更で綿を抜いた。この習慣のほとんどなくなった今日では、袷に替えるといっても季節感には乏しいが、薄地の袷は軽やかな感じがしてすがすがしい。この句ではそんな袷に替えた妻の立ち働く様を「てんてん」と巧みに形容している。暁水は庶民的な生活感にあふれた作品をたくさん残したが、それらにはこの句や「夜なべしにとんとんあがる二階かな」のように擬音語を効果的に使ったものが多い。
生き堪へて身に沁むばかり藍浴衣 橋本多佳子
この句の収められた第三句集『紅絲』は、師事していた山口誓子の主宰誌「天狼」創刊に参加した頃の、俳人として最も油ののりきった時期の作品でまとめられている。同時にこの時期は近親者の死が重なったり、身辺多難をきわめていた。そこからくると思われる緊張感をこの句からは感じる。藍は使い込み、水を潜れば潜るほど、その色合いを深めていく。多佳子もまた次々に襲いかかる不幸に耐え忍びながら、俳人としての境地を高めていった作家だった。「うつむくは堪へる姿ぞ髪洗ふ」という作品もある。
毛皮店鏡の裏に毛皮なし 中村汀女
主婦としての日常生活に取材した作品の多い汀女だけに、衣服を詠んだ秀句も多いのだが、この句は異色である。このとぼけたおかしみは、一にかかってそれが毛皮であることによっている。「洋服店鏡の裏に洋服なし」では俳句にならない。獣の体毛である毛皮を剥ぎとって、人間自らが身にまとうものにしたということ自体にも、かなり喜劇的な匂いがするし、それが高級品として麗々しく飾られているというのも、なんだかおかしい。毛皮を剥ぎとられる前の獣だったら、鏡の裏に逃げ隠れることもあるだろう。
その子の家の藁屋根厚しちやんちやんこ 中村草田男
ちやんちやんこは主に子供用の綿の入った袖なし羽織。それを着た子供の様子と厚く藁を葺いた屋根をもつ家を対比させている。ともにもっこりした姿において共通するわけである。上句七七の一見、もたもたもこもこしたような語調が、句意と絶妙にからまり、効果を上げている。

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