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人間の動作自体は季節とは無関係なので、当然のことながら季語になることはなかった。例外は「汗かく」「かじかむ」「凍える」といった寒暖に関係する行為だが、それも厳密には動作とは言いにくい。しかしなにかの動作が詩的発想の契機となることは、充分にあり得ることで、ある動作をきっかけに発想されたと思われる俳句作品が、思い起こしてみればかなりあることに気づく。そんな作品を紹介してみる。
足のうら洗へば白くなる 尾崎放哉
放哉の動作を詠んだ句では「咳をしても一人」「入れものが無い両手で受ける」「墓のうらに廻る」といった作品が名高いが、上提句も最も作句に充実した小豆島時代のもので、身体に寄り添った実存性の高い放哉らしい作品である。洗って白くなった足の裏は、もはやあの世のものであるかのような白々とした輝きを放っている。
春昼の指とどまれば琴も止む 野澤節子
節子は12歳の時に脊椎カリエスを発病し、20余年の闘病生活をおくるが、その病床で俳句をつくり始める。しかし、いわゆる療養俳句のもつ暗さはなく、逆に生への強い意志を感じさせる格調高い独自の作風を確立した。同時期の「冬の日や臥して見あぐる琴の丈」とともに知られたこの句は、動作をじっくりと見つめる客観冷静な目が、溢れるような抒情性にしっかりした重量感を与えている。
くさめして我はふたりに分れけり 阿部青鞋
くしゃみは鼻粘膜が何かの刺激を受け、自分の意志に反して発作的に起こるために、何かの知らせ、前触れ、前兆と昔から考えられてきた。この句のくしゃみは、そういった意味でよりもくしゃみ自体の衝撃を、自分の中のもう一人の自分が吹き飛ばされてしまったようだと端的に表現している。「あめつちを俄かに思ふくさめして」という句もつくっている。
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憲兵の前で滑つて転んぢやつた 渡邊白泉
憲兵は一般的には軍隊内の警察機構と考えてよいが、この句のつくられた頃の日本の憲兵は、国家警察機関としての性格が強く、一般国民を対象とした日常監視を主要な任務とするようになっていた。特高と並んで、軍国主義体制下にあえぐ人々にとっては、恐怖と憎悪の的だった。その前で転ぶという自己戯画化することで、その恐怖感からわずかでも身をかわそうとしているのである。しかしこの句のつくられた翌年の昭和15年、いわゆる新興俳句弾圧事件で白泉は特高に逮捕されることになる。
今日の月一挙一投足に影 阿波野青畝
「今日の月」は陰暦8月15日の月、つまり仲秋の名月のことだから、煌煌と降り注ぐような月光によってくっきり鮮やかに人の影ができているのである。おそらく自分の影である。ただそれだけのことなのだが、「一挙一投足」とあえて大仰に言うことで、月光の煌煌たる様が具体に見えてくるような気がしてくるのが面白い。
あぐらゐのかぼちやと我も一箇かな 三橋敏雄
「あぐら」は胡座や呉床と表記するが、足〈あ〉を組んで坐るので「アグラ」と称するのだろう。現在では両膝を横に広げる楽な坐り方をさすが、「古事記」などの用例をみると、一段、高く設けられた貴人の座で、ときに神の座でもあったらしい。確かにその姿からはへりくだった感じはしない。どこかえらそうである。「ゐ」は「居」で、あぐらをかいているということ。自分の前にどんと置かれてある南瓜は、いかにもあぐらをかいているように見える。そういう自分もあぐらをかいていたわけだ、と軽く興じているのだ。とすると自分も一箇二箇と数えられる存在なわけか、という自嘲の気持をさらに重ねる。
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