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はろかなる露の北斗の尾の日本 加藤楸邨
北斗七星に地球上の日本をもってきたのに、少しも句が雄大に感じられないのが面白い。言うまでもなくそれは「露」のせいである。露が降りるのは秋の晴天の夜に多い。つまり北斗七星は煌煌と冴えわたっているのである。しかし地上の「日本」は露に濡れそぼっている。なんともみすぼらしくも儚い日本である。
日本の夕焼に孔雀鳴きにけり 渡邊白泉
孔雀の鳴き声は残念ながら知らない。しかしその悲しげな声はまじまじと聞こえてくるようだ。南アジアやインド生まれの孔雀はこの極東の地へ無理やりに連れて来られたのである。孔雀の鮮やかな色彩を奪いとったかのような日本の夕焼けに向かって、それは悲しく鳴くしかないのである。山口青邨に「惨として大英帝国夕焼す」という句があるが、ともに俳句における色彩の効果を見事に使った句である。
家家のまなじり濡れて日本かな 折笠美秋
「まなじり」は軒の隠喩だろう。目尻が涙で濡れているというのだから軒から雫が垂れようとしているのだろう。まことに説得力をもった隠喩である。日本そのものが現出しているようなリアリティーがある。
にっぽんは葉っぱがないと寒いんだ 藤後左右
的確かつ大胆に対象をつかみとることを本領とした俳人だが、この句も得意な口語調を活かし、簡潔で鋭く現代の日本を批評している。日本を含むモンスーン気候帯での植物の重要性はいうまでもない。それが存在しない風景を想像しただけで寒くなる。
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こちら日本戦火に弱し春の月 三橋敏雄
湾岸戦争に際してつくられた作品。戦争放棄を憲法にうたった日本が戦火に弱くて当然なのである。それを世界に向かって呼びかけているような設定が強烈な諧謔味を生じさせる。散文的な批評を完全に俳句という韻文に溶かし込んでしまっているのは、さすがというべきである。
菜の花は日本の花そうかいなあ 林正行
菜の花を詠んだ名句は多い。「菜の花や淀も桂も忘れ水 言水」「菜の花や月は東に日は西に 蕪村」などなど。小学唱歌にも歌われ、日本の春の農村風景にはなくてはならないもののひとつとして定着している。しかしそれは日本原産ではない。西アジア原産で、中国経由で渡来した栽培植物なのである。日本情緒を形成してきたといわれる風物には案外、菜の花のように歴史の浅いものが少なくない。作者はそれを民謡の囃子ことばを借りたような口調で軽く茶化している。
日本脱出したし
皇帝ペンギンも皇帝ペンギン飼育係りも 塚本邦雄
戦時中、短歌では国威高揚のために日本がさかんに歌われた。それへの批判、反動がこの歌の基調をなす。「皇帝ペンギン」だけでもびっくりするのに、「皇帝ペンギン飼育係りも」と畳みかけることで、敗戦後の日本人のいたたまれない心情を見事に形象化した。
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