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ショパン弾き了へたるままの露万朶 中村草田男
「ピアノの詩人」ショパンのピアノ曲は、楽器としてのピアノが著しく発達していた時代に、その機能を最大限に引出そうと作曲されたものが多く、ピアノという楽器の表現力を革新的に高めるものだった。そのノクターンかプレリュウドかわからないが、弾き終えたか、弾き終わったのを聴いたときの感慨である。「まま」とあるからには、曲は終わったが、余韻はまだ続いているのである。まだ終わらせたくないという気持もあるだろう。この余韻がまるで万朶の露となって、きらきらひかり輝いているようだというのである。それはピアノの奏でる一音一音がそのまま露の一粒一粒になったようでもある。
西鶴の女みな死ぬ夜の秋 長谷川かな女
昭和20年の作で、戦時中の6年間は句作は続けていたが、本人は俳句においては空白期間にしておくと言っている。戦争の惨禍は男だけではなく、女にも容赦なく降りかかったのである。その時代背景もこの句に投影されているだろう。西鶴の浮世草子に登場する多くの薄命な女性たちを憐れみ、いとおしんでいるわけだが、東京日本橋の富貴な家に生まれたかな女は、商都大阪を作品の土壌とした西鶴へは、一種、覚めたまなざしをもっていたかもしれない。そんなシニカルな感じもこの句からは受ける。
遺品あり岩波文庫『阿部一族』 鈴木六林男
戦争俳句の名吟としてつとに名高い作品である。戦友の遺品の中に岩波文庫版の森鴎外『阿部一族』があったというだけで、感慨らしきものをもらしているわけでもなく、まことにそっけないつくり。しかし読者に与えるインパクトや句意の確かさは見事なもので、さまざまな人の解釈のぶれもほとんどない。文学作品名をそのまま使った俳句として、最も成功した句ではないだろうか。『阿部一族』のストーリーは、主君への殉死がかなわず、意地を通して死を選ぶ一族の話。それが戦争を深く懐疑しながらも、やむなく戦争に殉じていく戦友の精神と重なり、戦死を免れた作者の胸に深く突き刺さってくるのである。
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音楽漂う岸浸しゆく蛇の飢 赤尾兜子
昭和30年代の前衛俳句運動を代表する作品として知られた句。既成の俳句観では理解できない難解な句とされるが、つねに既成概念と戦い、それを乗り越えてきた俳句の歴史を思えば、この句はこの句なりに俳句史の正道に立っているのだとも言える。それにこの句が難解とされるのは、多分に読者側の問題で、率直に読んでみれば、作者が構築しようとしているイメージは明らかで、少しも難解なところなどない。音楽が響いたり、聴こえていたりしているのではなく「漂」っている岸に、沿ってではなく「浸し」ながら泳いでいく一匹の飢えた蛇。そのイメージにたくされた作者の内面の不安感、緊迫感、飢餓感に思い致せばよいのである。
四角な空万葉集にはなき冬空 加藤楸邨
高層ビルなどが区切る空は確かに方形に見えるだろう。それは高層ビルのもちろん存在しなかった万葉の時代には目にできなかったものかもしれない。しかし厳密に考えれば、万葉時代の人々がまったく四角な空を目にしなかったかというと、それは断定できない。この辺がなんとなくこの句のゆるさなのだが、やはり万葉集がよく効いていて、他の文学作品では俳句にならないと思わせるのはさすがである。
雪月花美神の罪は深かりき 高屋窓秋
雪月花とは季節の景物の総称で、それを古来、愛でることで日本人の美意識が形成されてきたのだとすれば、雪月花に美神が宿ったということなのである。その罪が深いということは歌や俳句の罪も深いということで、その意味では、晩年に達した俳人 窓秋の懺悔ととれないこともない。一方で「罪な人」といったくだけた言い方があることを思えば、案外、作者としては諧謔を効かせているのかもしれない。
智恵のみがもたらせる詩を書きためて 暖かきかな林檎の空箱 寺山修司
罪といえば、人類の始祖 アダムが、神に禁じられていた「善悪を知る樹」の実を蛇に唆されて食べたことが、人類最初の罪。この歌の林檎にはその物語が響いているように思う。さかしらに智恵だけで書いたような詩が、まさに原罪そのもののように、林檎のなくなった空っぽの箱の上にたまっていくのである。
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