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人の移動の手段である乗物が、江戸期の俳句のメインのテーマになることはあまりなかった。それは鎖国や一般の人々の国内での移動を制限した政策にもよるものだろう。また季語の世界が農耕定住民の生活を一つの基盤に置いていることも影響しているだろう。しかし近代、特に昭和に入ると、近代的な各種の乗物を積極的に俳句の題材にしていこうという動きが出てくる。それはまた旧弊な俳句を脱しようという動きとも連動していた。その点で最も重要な役割を果たしたのが山口誓子である。まず彼の作品からみていこう。
夏草に汽罐車の車輪来て止る 山口誓子
この作品が当時、新しかったのは、題材として蒸気機関車をとりあげたというだけでなく、俳句そのもののつくり方が斬新だったからである。映画のカメラアイの移動のように、夏草から汽罐車の車輪に視点が移動し、そこに強いピントを合わせる。その明快な方法論は、虚子の唱える花鳥諷詠、客観写生に縛られていた俳句の可能性を押し広げるものであった。最近、売出し中の某俳句学者がこの句に先行する重要な作品として、日野草城の「常夏やきしりて止まる貨車列車」という句をあげていたが、この二作品は方法論においても作品のスケールのおいてもくらべものにならない。比較するほうが無茶というべきである。俳句をわかっていない俳句学者が増えている。
自動車に昼凄惨な寝顔を見き 渡邊白泉
駐車している車の側を通りがかったら、車内に凄惨としか言いようのない顔をして昼寝をしている人が見えたのである。凄惨な寝顔というのがこの句の発見で、それは近代社会の中で疲弊していく人々の悲しくも恐ろしい姿である。
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昇降機しづかに雷の夜を昇る 西東三鬼
「雷」と題する連作中の一句。他に「屋上の高き女体に雷光る」「雷とほく女ちかし硬き屋上に」がある。他の作品からすると、エレベーターに女性といっしょに乗っていることになるが、掲出句は独立した一句として鑑賞したい。そのほうが句に広がりと厚みが出る。
さよならと梅雨の車窓に指で書く 長谷川素逝
プラットホームでの別離は、演歌や映画などでもさまざまに見られるように、すでに通俗化したパターンになってしまっているが、この句がそのパターン化をまぬがれているとすれば、「梅雨」の一語のせいだろうか。
故郷の電車今も西日に頭振る 平畑静塔
一両かせいぜい二両編成の小さなローカル線なのであろう。帰郷の際に、昔と変わらずそれが頭を振って懸命に走っていたのである。けなげといってもよいその姿に、作者は胸を打たれたのである。
後尾にて車掌は広き枯野に飽く 小川双々子
最近の列車で見かけることはほとんどないが、以前は列車の最後尾はオープンデッキになっていて、車掌室も付いているものが特急列車などでは多かった。現在でも車掌はだいたい最後尾にいる。だから車掌は業務外の時間は後尾に過ぎ去って行く風景をただただ見ているしかない。その無聊感に目を止めたのである。
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