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父母の亡き裏口開いて枯木山 飯田龍太
龍太は昭和37、40年とたてつづけに父と母を失う。その心の空虚感を詠った句である。父・蛇笏は俳句の師でもあったから、その喪失感も大きかったろう。蛇笏が山廬と呼んだ飯田家の裏山が、がらんと戸の開け放たれた裏口から見えているのである。父がよく散歩をしていた裏山はいまはただの荒涼とした枯木山にしか見えない。その作者の空虚感、喪失感が、読むものの胸にまっすぐに迫ってくる。
五月雨や鴨居つかんで外を見る 渡邊白泉
五月雨に降り込められる毎日。今日も降り続いているのか、どれくらいの降りなのか、鴨居をつかんで背伸びをして外を見てみたのである。ただそれだけのことなのだが、五月雨に降り込められる無聊感が的確に表現されている。鴨居の語源説の一つに防火の呪いのため水辺で生活する鴨の形につくったというものがあるが、自由に空を飛ぶ「鳥」の入ったこの字も句の厚みを増す働きをしている。
竈〈かまど〉火を映してうごく冬の家
三橋敏雄
竈は煮炊きするためのものとして、日本家屋にはかならずあったもの。一家を示す象徴的な存在でもあった。今しも夕餉のしたくで、家人が忙しく立ち働いているのである。その影が竈火によって障子か窓に映され、その家の営みをありありと伝える。冬だから家内の暖かささえともなって、それが伝わってくるのである。
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土黒く光る生家の雪掘れば 清水昇子
昇子は雪深い長野県生れ。その生家の雪を掘ったところ、黒々とした土が現れたのである。それはいきなり自分の幼少期が立ち現れたかのようでもある。率直な句のつくりが、その新鮮な驚きを過不足なく伝える。昇子は新興俳句を代表する俳誌の一つである「走馬灯」の創刊者の一人で、その運動の推進に功績のあった人。白泉、三鬼、敏雄との交流も密だった。
ぶだう呑む口ひらくときこの家の
過去世〈かこせ〉の人ら我を見つむる
高野公彦
「過去世の人ら」とは祖先たちのこと。彼らは家のどこかで、家霊となって、彼らが営々と伝えてきた血脈の末端に生きる「我」を見つめているのである。そして一房にいくつも実をつけ、種のある葡萄は血脈というものを象徴するのにまことにふさわしい。
人みなが家を持つてふかなしみよ
墓に入るごとく
かへりて眠る 石川啄木
家というものは人間存在と切り離せないもので、好き嫌いや肯定否定の対象にはなり得ないはずだが、この歌では嫌悪の対象として家が詠われている。それは日常性の入れ物としての家への啄木の苛立ちである。
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