第一句目はしづの女の代表句としてつとに名高い作品だが、内容もさることながら、漢文の「須可捨焉乎(すべからく捨つるべけんや)」を「すてちまをか」と読ませる表記の異様さがまず目を引く。師範学校の国語教師(のち図書館司書)であった彼女の教養の背景を知ることができるが、これは表記上の問題だけにとどまらず、職業婦人が俳句に手を染めることが、しづの女にとってどのようなことだったのかを暗に示しているのではないだろうか。「現今の過渡期に半ば自覚し、半ば旧習慣に捕らえられて精神的にも肉体的にも物質的にも非常なる困惑を感ぜしめられている中流の婦人の或る瞬間の叫び(心の)」と本人は自解しているが、問題はその叫びがなぜこのような表記をとらざるを得なかったかということである。
叫びはあくまで直接的な肉声である。その強さだけで理解を求めようとしても難しいのではないか。この表記は彼女なりの、その工夫と考えられるのだ。すでに述べたように漢文も俳句も歴史的には男性のものであった。その同じ土俵に女であるこの私も上がってやろうじゃないの、といったことではなかったか。つまり女性であることに甘えていない。その意志表示が思わずこの表記を彼女に思いつかせたのではないか。
だからこの句は内容はまるで異なるといっても、彼女の中では「汗臭き鈍の男の群に伍す」に直結しているのである。鈍といわれようと何といわれようとも、とにかく額に汗して働く男たちに自分も伍していくのだという決意。これはかな女、久女、汀女、立子などの同時代の女流俳人にはあまり感じられないものだ。
現代女流俳句の源流に、これだけ社会や仕事に自覚的であった俳人がいたことを忘れてはならないだろう。
|