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第18 回 川柳で見る百人一首  
歌について

歌に関することを詠んだ句には、一首ごとについてのものもたくさんありますが(「百人一首のパロディ」にもいくつか記しました)、そういうことを扱ったものはかなりあるので、ここでは主として二首以上を対比したものに限ることにします。

百人の餓(かつ)ゑぬやうに詠みはじめ
柳多留・一〇

食ふことがまづ第一と定家選り 柳多留・三六

百人一首の第一は天智天皇の「秋の田の刈り穂の庵の苫を粗み我が衣手は露に濡れつつ」。最初に「刈り穂」と食糧の歌であるのは、飢えないように計らったものというのです。

衣食住第一番に定家入れ 柳多留・五四

一は「刈り穂」で食、二は「衣干すてふ」で衣、三は「ひとりかも寝む」で住ということになります。

ありがたい御製菜の雪稲の露 柳多留・五一

秋は露春は雪にて御衣が濡れ 柳多留・七一

露は天智天皇の歌。雪は光孝天皇の「君がため春の野に出でて若菜摘む我が衣手に雪は降りつつ」(一五)。両天皇の歌は「我が衣手」が濡れることを詠んだものです。

庵で始めて軒端にてとめるなり やない筥・四

古き軒端刈り穂の庵の百軒目 柳多留・五三

最初が天智天皇の「刈り穂の庵」、最後が順徳天皇の「古き軒端」、どちらも家屋に関する歌です。

秋濡れた衣を夏の山で干し 柳多留・二八

濡れた御衣隣の山で干したまふ 柳多留・五九

一は「我が衣手は露に濡れつつ」、二は「衣干すてふ天の香具山」。

白たへの中へ山鳥おりるなり 柳多留・二七

「白たへの衣干すてふ」(二)と「白たへの富士の高嶺に」(四)の間に「あしひきの山鳥の尾の」(三)があります。

高根の左右山鳥や鹿が鳴き 柳多留・六二

うち出でて見れば左右に鳥と鹿 柳多留・七三

「あしひきの山鳥の尾の」(三)と「奥山に紅葉踏み分け」(五)の間が、「田子の浦にうち出でて見れば白たへの富士の高嶺に雪は降りつつ」です。

かささぎの橋を越えれば天の原 柳多留・一五七

「かささぎの渡せる橋に」(六)の次が、「天の原ふりさけ見れば」(七)です。天上の世界のことを詠んだような句であるところがミソでしょう。

我が庵で見れば左右は月と花 柳多留・二八

「我が庵は都の辰巳」(八)の左右は、「三笠の山に出でし月かも」(七)と「花の色は移りにけりな」(九)です。

百人の中へ関所を三つすゑ 柳多留・三六

一〇と六二が逢坂の関、七七が須磨の関です。

孝の付く二人どちらも君がため 柳多留・一四〇

光孝天皇の「君がため春の野に出でて若菜摘む」(一五)と藤原義孝の「君がため惜しからざりし命さへ」(五〇)。

二人とも文屋は秋の風を詠み 柳多留・五六

文屋康秀の歌は「吹くからに秋の草木のしをるれば」(二二)、文屋朝康(康秀の子)の歌は「白露に風の吹きしく秋の野は」(三七)、どちらも風を詠んでいます。

名にし負ふ左右も山の御歌なり 柳多留・六八

「名にし負はば逢坂山のさねがづら」(二五)の左右は、「この度はぬさも取り敢へず手向山」(二四)と「小倉山峰のもみぢ葉」(二六)。山が三首続きます。

松と紅葉のまん中を花が散り 柳多留・二九

「しづ心なく花の散るらむ」(三三)の前後は、「流れもあへぬ紅葉なりけり」と「高砂の松も昔の友ならなくに」(三五)です。

砕けても割れても定家百へ入れ 柳多留・五四

「砕けてものを思ふころかな」(四八)と「割れても末に会はむとぞ思ふ」(七七)です。

京染と江戸染百へ月を詠み 柳多留・三三

京染は赤染で赤染衛門のこと、江戸染は紫で紫式部。紫式部の「雲隠れにし夜半の月影」(五七)と赤染衛門の「傾くまでの月を見しかな」(五九)、いずれも月を詠んでいます。この二首の間は「有馬山猪名の笹原」(五八)なので、

両脇に月の出てゐる有馬山 柳多留・六六

という句もあります。

来ぬ人は花と風との間(あひ)に見え 柳多留・二七

「来ぬ人をまつほの浦の夕凪に」(九七)の前後は、「花誘ふ嵐の庭の雪ならで」(九六)と「風そよぐ奈良の小川の夕暮れは」(九八)です。

百の字があるでしまひの御歌なり 柳多留・二四

百人一首の最後は「百敷(ももしき)や古き軒端のしのぶにも」と、百の字が入っています。

百人の中へ一声ほととぎす 柳多留・九

『万葉集』でも『古今集』でもいちばん多く詠まれている動物はほととぎすですが、それを詠んだ歌は、「ほととぎす鳴きつる方を眺むれば」(八一)の一首だけです。

鶯のまま子を一羽集に入れ 柳多留・二九

ほととぎすは卵を鶯の巣に産んで育てさせます。

定家の門に鶯泣いてゐる 柳多留・一三

百人一首に鶯の歌がありません。入れてもらえなかった鶯が定家の門に来て愁訴しているのです。

鶯も蛙(かはづ)も鳴かぬ小倉山 柳多留・五六

蛙の歌も入っていません。

鶯はゐぬはず梅のない小倉 柳多留・一五七

梅の歌もないのだから、鶯がいないのは当然というわけ。

百人は言葉もかけぬ花の兄 柳多留・四九

「花の兄」は梅。梅の歌も無いと言いますが、実は紀貫之の「古里は花ぞ昔の香ににほひける」の花が梅で、ほんとうはあるのです。

古里へ隠して梅を定家入れ 柳多留・九一

は、そのことを詠んだものです。

第18 回 川柳で見る百人一首  
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