1 コズコズ
室町幕府の臣である蜷川親元(にながわちかもと)の『親元日記』の寛正六年(1465)正月十日の条に、鱈の卵子を「こずこず」と言って正月用にするが、「不来不来(こずこず)」は縁起が悪いので、「来来(くるくる)」と書いているという記事があります。鱈子のことでしょうか。
天文十七年(1548)ころ成立した辞書『運歩色葉集』にも、魚の名として「来来 クルクル」を挙げ、能登国(石川県)で産し、昔は他国では不来不来(コズコズ)と言っていたが、今は祝って来来と言うとあります。ただし、石川県の友人に尋ねたところ、そんな語は知らないということでした。
なぜコズコズと言うのか。新井白石は先の「呉須手」のところに引いた書簡に、魚の腸はくるくる巻いているのに、これはそうではないから、クルクル(来る来る)の反対でコズコズ(来ず来ず)であると述べています。新井白石は謹厳な人として知られていますが、こんなことを考えることのできる洒脱な面もあったようです。
2 深更(餅)
『醒睡笑』(一)の最初は、「謂(い)へば謂はるる物の由来」という章で、物事のこじつけの起源の話が並んでいます。食物は、以下の四つです。
餅の少し赤いのを「しんこう」というのは、赤い小豆を上に乗せるので、あかつき(暁−赤付き)の縁で言うとあります。深更だから暁です。ほんとうは
粉(しんこ)で、これはこじつけでしょう。
蕉門の俳文集『本朝文選』(三)に載る毛
の「揚揮豆賦」に、
深更(しんかう)とは理屈人の名付けたる名にして、あかつきと解く謎なるべし。
とあります。『醒睡笑』と同じ話が、広く知られていたのでしょう。
3 奈良漬
瓜の粕漬けを奈良漬と言うのは、「かすがのあれは良い」ということだそうです。粕香の−春日野というしゃれです。これもこじつけで、奈良で産する漬物ということで十分でしょう。
4 小糠
小糠を「待ち兼ね」と言う。「小糠−来ぬか」だから「待ち兼ね」です。
元禄五年に出た、女性の心得集『女重宝記』の、「大和詞」という女性が上品に言う語を列挙した中に、小糠を「待ち兼ね」と言うとあります。
5 紫(鰯)
鰯を「紫」と言う。その人の好みによって藍(鮎)より勝るから。
林羅山の随筆『梅村載筆』(天)にも、アイにまさるという意味であると述べています。室町時代の『大上臈御名之事』の「女房ことば」の中に、鰯を紫と言うことが出ています。もとは女性の使う言葉でした。『女重宝記』には、鰯は「おむら」と言うとあります。「むらさき」の下略に「お」を付けたのです。
6 ことづて汁(とろろ汁)
『醒睡笑』の別の箇所(巻五)に、古いことを知っている人が、とろろ汁を「ことづて汁」と言ったので、言われを尋ねたところ、「この汁にては、いかほども飯が進む故、いひやる(飯やる−言ひやる)との縁に、ことづて汁と言ふならん」と言ったという話があります。
俳諧師の安原貞室が言葉の訛りを論じた慶安三年(1650)刊の『かた言』には、こういう説は耳を驚かしておかしいものだが、よく知っていれば興ざめなものだと否定しています。こんな記述があるということは、「ことづて汁」という語が普通に行われて証拠になりましょう。