『万葉集』の戯書の例としてよく引かれるのは、
馬声蜂音石花蜘
荒鹿(一二・二九九一)
です。これで「いぶせくもあるか(心が晴れないことだ)」と読みます。
古くは馬の声をイと聞きなしていました(今では馬はヒンといななくことになっていますが、万葉時代のハ行音はファ・フィ・フ・フェ・フォと推定されているので、ヒヒンならフィフィンとなります)。蜂の音は今と同じでブです。「石花」はカメノテという甲殻類の動物の古名のセ、「蜘
」は蜘蛛でクモ(
は『大漢和辞典』に見えません)、「荒」はアル、「鹿」はカです。この一句はすべて動物につながる漢字で表記しています。厳密にはイブまでが戯書で、それ以下は借訓ということになります。
戯書には、このような擬声語を用いたものがあります。
なほやなりな牛鳴(一一・二八三九)
「牛鳴」は推量の助動詞のムです。牛はムと鳴くのです。後漢の許慎の辞書『説文解字』に「牟(む) 牛鳴也」とありますから、中国からの知識によったのかも知れません。
括(くく)り喚鶏(一三・三三三〇)
「喚鶏」は助詞のツツです。鶏を呼ぶのに、今はトトと言いますが、昔はツツと言ったというのです。これはこの表記から推定したのでしょう。
a追馬喚犬(一一・二六四五)
b喚犬追馬鏡(一三・三三二四)
c犬馬鏡(一一・二八一〇)
aはソマ(杣、材木を切り出す山)、bはマソカガミ(真澄鏡、澄み切った鏡)、cも前者の省略形で、やはりマソカガミです。
この三例は、馬を追う時にはソソと言い、犬を呼ぶときにはママと言ったのによるものとされています。
牛留鳥(三・四四三)
この「牛留鳥」は、いろいろな読みがありましたが、最近ではニホトリ(ニホ(鳰)は水鳥のカイツブリ)とする説が行われるようになりました。牛をおさえるのに、ニホと言ったのであろうというのです。
留牛鳥浦(一一・二七四三)
これも同じようにニホノウラ(琵琶湖のこと)と読む説があります。
楽浪(一・二九)
神楽浪(二・一五四)
神楽声浪(七・一三九八)
いずれも琵琶湖の西南部一帯の古名のササナミです。『古事記』などに、神楽のはやしことばで「ささ」というのがあります。「神楽声」がササで、それを略した「神楽・楽」もササに用いたものです。
ツツ以下は掛け声とでも言うべきかもしれません。