奈良時代以前には、カタカナも平仮名もまだ出来ていませんでした。古代の日本人は、漢字の音や訓をいろいろに用いて、日本語を書き記す方法を発明しました。
その用例は『万葉集』にもっとも多彩に見られます。文学を書き記すという意識があるからでしょうか。『古事記』ではヤマは「山・夜麻」だけですが、『万葉集』ではそのほかに、「八万・也末・野麻」と書いたものもあります。
『万葉集』には、「恋」は「古非」「古比」と書いたものもありますが、恋は孤りで悲しむものだからでしょう、わざわざ「孤悲」の字を用いた例がかなりあります。漢字の意味を考慮したものと言うことになります。中国にもこういう使いかたがあります。倭の女王の名を「卑弥呼」としたのには軽蔑の気持ちがありますし、イギリスを「英吉利」と書くのには敬意があります。日本製のものでは、clubを「倶楽部」と書くのも、意味を考慮した当て字と言えます。
そういう複雑な『万葉集』の用字を初めて分類したのは、僧春登が文化十五年(1818)に出した『万葉用字格』という本です。春登は、正音・略音・正訓・義訓・略訓・約訓・借訓・戯書の八種類に分類しました。
この分類には、基準が必ずしも厳密ではないところがあり、最後の戯書を、借訓の中の意図して戯れて書いたものと説明していますが、その境界ははっきりしていないように思います。でも、この分類は便利なので、今でもこの用語を用いる人が多いようです。
ここには、この戯書を、いくつかに分類してみます。なお戯書という用語は春登の発明ではなく、すでに賀茂真淵も注釈書『万葉考』で用いています。
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