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連歌や俳諧でも行われています。
連歌の賦物(ふしもの)という習わしも一種の物名と言えます。賦物については項を改めるつもりですので、ここには一つだけあげておきます。『菟玖波集』(雑一)に、
源氏物語の巻の名と古今集作者とを賦物にしはべる連歌に、
紅葉の風に散り紛ふころ といふに
しぐるなり比良の高嶺の神無月(藤原為家)
という付け合いがあります。前句には「モミヂノカぜに」と源氏物語の巻名「紅葉賀」が、付け句には「しぐるナリヒラの」と在原業平の名が隠してあります。
寛永十年(1633)に出た近世最初の俳諧の句集である『犬子集』に、
歳徳(恵方)亥子(ゐね)の方なりければ
米俵を恵方は稲の間かな(一定)
壬申(みづのえさる)の年に
汲み上ぐる若水の柄の柄杓かな(愚道)
などの句があります。前者は「稲」に「亥子」が、後者は「わかミヅノエの」と壬が、それぞれ隠してあります。
貞門俳諧の総帥である松永貞徳に、俳諧には珍しい時事問題を扱った句があります。
寛(永)十四冬、ダイウスの残党、島原といふ所に籠もりしを、御征伐のため軍兵を遣はされし明くる年の元日に
在り次第薄雪消(き)やせ今日の春(崑山集)
天草の乱のことを詠んでいます。残党を薄雪に譬え、滅ぼせというのでしょう。「次第薄雪」にダイウス(デウス)を隠しています。
元禄三年(1690)刊に出た蕉門の嵐雪編の『其袋』に、「物名」として次の四句が出ています。
【槻(つき)・卯木(うつぎ)・松・橡(とち)・桐・椎(しひ)・桃・梨】
月うつぎ待つと契りし妹(いも)もなし 卜宅
【賀茂・鳥羽・糺(ただす)・八瀬・水野・淀】
鴨飛ばでただ巣に痩せし水のよど 立吟
【蜑(あま)・津・岸・瀬・溝・澪(みを)・帆・洲(す)・井・苫(とま)・波】
雨つきし蝉ぞ身を干す暇(いとま)無み 琴風
【鵜・鶴・鸞(らん)・鴇(とき)・鶸(ひは)・鴛(をし)・鳶(とび)・鴫(しぎ)・雁】
移るらん時日は惜しと鹿尾草(ひじき)刈り 菊峯
それぞれ、木の名・地名・水辺の語・鳥の名を詠みこみ、第二は「で・に・し」が余りますが、それ以外は題だけで十七音節になっていて無関係な部分は無いという徹底したもの、これ以上の隠し題はないでしょう。すこし無理な表現もありますが、大目に見ることにしましょう。
雑俳にも多くの作があり、江戸では「立ち入れ」と呼ぶこともあります。明和四年(1767)に出た『豆鉄鉋』という雑俳書に
北陸道 鍋炭で顔黒工藤乞食芸
入れ黒子(ぼくろ)くどうは言はぬご推文字
という、ホクロクドウの六音節を詠み込んだ例があります。五七五の短い句に入れたものとしては長い語です。
雑俳では、国名を隠し題にしたものを、国尽くしとか国の名とか言います。享保十三年(1728)刊の『花の兄』から一例をあげます。
野と山と閉ざさぬ君の御鷹狩り
「ノト(能登)ヤマト(大和)トサ(土佐)サヌキ(讃岐)ミノ(美濃)おたカガ(加賀)り」と六国を隠しています。
最後にわたくしの作をお目にかけます。
栃木市に住んでいるわたくしは、JRで上京するときには、思川・小山・間々田・古河と通って行きます(かつては間々田と古河の間の野木駅はありませんでした)。
学生だったころ、
思いが分からぬ女形(おやま)の太夫こうなりゃ気ままだ焦がれ死に
というドドイツを作ったことがあります。こんな遊びをしたのは、昭和三十年前後に人気のあったNHKのトンチ教室という番組の影響です。隠す語が二語に分かれるとか、句を跨ぐとかしたかったのですが、そこまで行きませんでした。
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