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それで、簡治先生が着手されたのが明治二十五年でしたけれども、それから長い道のりをたどってきて、『大日本』の増補、それから『日本国語大辞典』、その第二版と来るわけですけれども、これは今日までトータルすると百十年になんなんとするんですね。よく外国の辞書は長い時間をかけていて、おまえたちのは拙速だということを言われまして、私は非常に残念に思ったことがあるんですけれども、今日、こうして道のりを計算してみますと、OEDは着手して、第二版ということでいえば、百三十年なんですね。『日本国語大辞典』も、『大日本』の着手からいうと百十年ということで、まあ、おっつかつじゃないかと言ってみたい気がするんですけれどもね。
まあ、それぞれの事情があって、間があいたりして、それはOEDだって、うんと間があいているわけですからね。向こうだって戦争があったりしましたから、間があいているわけですけれども、『大日本』から『日国』へ移る間もあいていますから、あまり数字だけを言っても意味がないかと思うんですけれども、百十年と百三十年というのを、ちょっと私は改めて認識したわけです。
さて、第二版ですが、成立年が入ることになって非常によかったと思うんです。それではっきりしたことは、『日本国語大辞典』の場合は、『記紀』『万葉』から現代までですから、七世紀か八世紀からということですけれども、OEDは、ミドル・イングリッシュからですから、一一五〇年ということになっていますよね。だから、日本でいえばおおざっぱには八代集では『詞花集』、院政期以後ですか。その文献しか、向こうは入れられないという事情もあるわけですけれども、それにしても、年代を入れた紙面を見ると、『日国』のにぎやかさね。OEDに比べると非常ににぎやかですね。OEDは、とにかく一二〇〇年以降ぐらいしかないわけですから。それ以前は『日国』は、それ以降と同じぐらいの量がありますから、その点でもOEDと比較して、今回、私は非常に認識を新たにしたことがありまして、それぞれ日・英語の歴史的な背景を無視しているようですけれども、出典の豊富さというのは『日国』にとっては非常な財産じゃないかと思うんですね。
最後になりましたけれども、書名のことですが、『日本国語大辞典』が出たときの批判の中に、雅馴ならざる命名だというのがありまして、そのときに私は、『大日本』から『日本国語大辞典』というのは非常に素直につながったと思ってたんですけれども、なるほど、そういう批判もあるかなと……。松井先生は、どう思われていますか。
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