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索引をつくるということは最初からの予定だったんだと思うんですが、なぜ索引が必要かというと、一つには、『大日本国語辞典』が当然、当時を反映して、見出しは歴史的仮名遣いになっているわけですね。そうすると、歴史的仮名遣いというのは、やはり普通の発音どおりではありませんから、引くという場合に非常に引きにくい。歴史的仮名遣いを知らなければ引けないという障害があったわけです。
そのころ、明治の終わりごろに、そろそろ漢字の音などは、今で言う現代仮名遣いに近い発音的なものを見出しにしたほうがいいんじゃないかと。そういう傾向が見え始めるわけですね。
まあ、それもあるんで、漢字索引の前に仮名索引というのをつけているわけです。これは表音式の仮名索引であるということを言っているわけです。ただ、表音式の仮名と歴史的仮名遣いが一致するものは入れない。だから、一致しないものだけ挙げるというやり方で仮名索引はできているわけです。
それから、その後に漢字索引がついているわけですが、これはほんとうは今やっている『日本国語大辞典』にも欲しいですね。というのは、日本語は漢字が出てきますね。その漢字が読めないと国語辞典は引けないわけです。ですから、こういう辞書では、漢字から引く索引というのも必要だということも当然考えたんだと思います。
一つの例を言えば、画数によって「明」という漢字を引くと、その「明」がつく熟語が並んでいるわけですが、そこにある「明日」という表記は、辞書の見出しでは四か所に出ているということが示されています。それはなぜかというと、「あす」「あした」「みょうにち」「めいじつ」に出ているからです。というので、四カ所に使われているということが、その漢字索引からわかるわけですね。
これは今の国語辞典もほんとうは欲しいんですよ。日本人は、掲示でもって、「明日十時、集まれ」と書いてあっても、これはあしたのことだとわかりさえすれば、「明日」をどう読んだって構わないわけですよね。けれども、外国人はそれを初めて見る場合に、一体、あれは何て読むんだろうと思ったときに、国語辞典を引こうと思っても引けないわけですから。読めなければ引けないから、漢字のほうで引いて出てくれば、あれは「あす」とも読む、「あした」とも読む、「みょうにち」とも読むとか、こういうことがわかるということにもなりますね。
ただし、ほんとうはそれだけじゃまだ不十分で、じゃ、「あす」と「あした」と「みょうにち」はどう違うんだ。「めいじつ」と言うのか言わないのかとか、そこまでほんとうは国語辞典でわからなければいけないということがあるんですが、それは別にして、そういう索引が国語辞典には必要だと、こう考えたんだと思いますね。
それと同時に、こういうのをつくるならば、いろいろ批判されているようなところ、やっぱり、ここは違っているんじゃないかとかということが言われていたと思いますから、そういうところで手直しをして修正版というのをつくろうと思ったんだろうと思いますね。
ただ、修正版と初版本とを、一生懸命比べたんですけれども、違いはあまりないんです。初めのところでちょっと気がついたのは、「阿吽」という項がわりに大きく直っていまして、全然違った意味が書いてあります。違ったというのは、言い方が変わってまして、用例が入ってなかったところに、謡曲『安宅』の例が修正版では入れてあります。ただし、行数は変わらないんです。
そういうようにしてやってありますから、これはよっぽど細かく見ていかないと、どこが修正してあるかというのは……。だから、多分、大きな修正はほとんどないと思います。各ページ終わりは、一巻をずっと見ましたけれども、おさまっている言葉は全然変わりがありませんからね。そのページの中でもし動かすことができたら、あるいは動かしたところがあるのかもしれませんが。
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