明治に始まる「国語」辞典の氷源
今でこそ、国語辞典の見出しは五十音順がふつうだが、大槻文彦の『言海』(明治22年〜)が世に出て、その五十音配列を見た福沢諭吉は、「銭湯の下足札もイロハ順であるものを」と言ったという。配列ひとつ、文法の記述ひとつ取っても、国語辞典が現在のかたちに収斂していくまでの経緯には、意外な苦労話がかくれているようである。

本書は、本格的な国語辞典が国の内外で切実にもとめられた明治時代から書きおこし、現代の『日本国語大辞典』にいたるまでを丁寧に解説する。その間、明治新政府の企画でありながら未完に終わった『語彙』、同じく文部省の企画で、後に大槻文彦個人の尽力により完成した『言海』、出版業の成熟とともに版元が介入して発展した大型辞典の隆盛期など、時代の流れを追いながら、辞書編纂を推進した人々と辞書の系譜を解きほぐし、詳述している。
明治に始まる「国語」辞典の氷源
大部な辞典が一昼夜ではできないように、現在日本で最大の国語辞典『日本国語大辞典』も、辞書史に連なるものである。なかでも松井簡治の『大日本国語辞典』の編纂経緯や、上田万年・新村出の師弟がそれぞれに残した理想の大辞典編纂論を屋台骨にして『日国』の編纂が進められていくようすなどは、『日国』関係者でもあった筆者による貴重な証言である。
明治に始まる「国語」辞典の氷源
世界で最大最高の『オックスフォード英語辞典』(OED)が、明治時代にリアルタイムで編纂されていたことが、日本の近代国語学者の意欲をかきたてたことであろう。上田万年、松井簡治、新村出などが、折りにふれOEDに言及し、同書を意識している点も見のがせない。本書では、2002年の『日国』第二版の完結を見届けた時点で、『日国』とOEDの編纂の歴史について、対比考察もなされている。

なお、本書は同著者による『「国語」と「国語辞典」の時代(上・下)』(小学館・1997)を全面的に加筆、再構成したものである。
目次
はしがき
序章「国語」を支えた人々―上田万年をめぐるエピソード―

T「国語辞典」事始め
 ―明治四年の『語彙』から同二二年の『言海』へ―

 一、未完の国語辞典『語彙』
 二、『言海』の完成
 三、『語彙』から『言海』へ
 四、日本辞書編纂論の嚆矢
 五、再び『語彙』から『言海』へ

U『大日本国語辞典』の誕生
 ―大正四年、〃超弩級〃二〇万語の登場―

 一、いばらを刈り、道を拓く
 二、『大日本国語辞典』の編纂経緯
 三、当時の新聞に見る『大日本国語辞典』
 四、『言海』から『大日本国語辞典』へ
 五、『大日本国語辞典』の発展
 六、「一日三十三語」ということ
 七、昭和七年、松井博士古稀祝賀会をめぐって

V『大言海』の成功
 ―昭和七年、一〇万語増補新版の〃太陽的出版〃―

 一、『言海』から『大言海』へ
 二、『大言海』の新聞戦略
 三、『大言海』成功の陰に

W 新村出と辞書
 ―昭和八年、日本大辞書編纂論と『辞苑』『広辞苑』と―

 一、上田万年から新村出へ
 二、初刊『辞苑』
 三、『大日本国語辞典』と『辞苑』と
 四、『辞苑』から『広辞苑』へ

X 七〇万項目『大辞典』
 ―昭和九年、百科事典の波に乗って―

 一、『大辞典』とその時代
 二、『大辞典』の特色
 三、国語表記の転換期

Y『日本国語大辞典』の誕生
 ―誕生をうながした時代とその編纂経緯―

 一、『日国』または『日国大』を物語るはじめに
 二、誕生当時の時代背景
 三、『日本国語大辞典』の編纂とその意義
 四、編集顧問が残してくれたこと
 五、編集委員会で議論が集中したこと
 六、刊行中の評判
 七、完結の年 昭和五一年の論評

Z さらなる高みへ
 ―『日本国語大辞典』第二版誕生を見届けて―

 一、縮刷版刊行のこと
 二、初版から第二版へ
 三、『日国』とOEDの歴史

お わ り に
付録『日国』とOEDの関連年表
索 引

倉島長正
くらしまながまさ:1935年長野県生まれ。早稲田大学文学部国文科卒。小学館に入社後、『日本国語大辞典』初版・全20巻の編集長を務めた。著書『日本語101話』(東京新聞出版局)、『国語100年』(小学館)など。
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